Forget me not…27
「どうして、だと?」
さっきは答えてくれなかった僕の問いを、今更持ち出される。
坂井は…ドアを閉めてから、外で待機中みたいだ。
「だって……貴方が、此処まで来てくれる理由が、分からない」
他人行儀な呼び方に、彼の眉が不快そうに寄った。
迫力に押されていると、急に股間へ彰人の手が伸びて来た。
「なッ、なに?」
慌てて彰人の身体を押し退けようともがくけれど、僕の力じゃビクともしない訳で。
ジッパーを下げられて、いとも簡単に彼の手が下着の中へと滑り込んで来た。
「勃っては居ないな。あの男に組み敷かれて感じていたのなら、どうしてやろうかと思ったよ」
「な…っ」
信じられない言葉に、悔しさと惨めな気持ちが強まり、必死で彰人の身体を押し戻そうともがく。
顔を背けて、彼を見ないようにしながら抵抗した。
………酷い。
もう捨てた癖に。
この身体は、もう不必要な癖に。
僕を馬鹿にしているのだろうか。
あの男に組み敷かれた時、あんなに絶望して…あんなに恐怖を感じていたのに。
そんな僕が、男に犯されて喜ぶような子だと、彼は思っているのだ。
彼の手が、恐怖で縮こまっていた僕の性器を、慣れた様子で刺激して来る。
身体がビクリと跳ねて、触られたくなくて、必死でもがいた。
「葵?」
「やだっ、触んないでッ」
初めてかも知れない。
こんなにも彰人に対して、拒絶を示したのは。
彼の中で僕は、どれだけ汚い存在なんだろう。
汚いと思うなら、もう触らないで。
「触りたいなら…彰宏を触れば良いじゃないか…汚い僕なんか触ったって、良い事は何も無いよ」
卑屈になった。
自棄になっていた。
身体を丸めて、自分の体に両手を回して、拒絶を示した。
目を瞑って彰人を見ないようにしていたのに、彼は構わずに指を動かして来る。
「ぁ、ゃ…やだって…言ったじゃん…」
彰人の手に包まれた、小ぶりな性器が、次第に元気になってゆくのが分かる。
それが恥ずかしくて、何だかとても情けなくて、僕は嫌々と首を振った。
けれど彰人はそんな僕の顎を掴んで、唇を重ねて来る。
「ふ…んぅっ、ん…!」
舌を絡められ、きつく吸われると後は何も考えられなくなって。
頭の芯がまるで痺れたような感覚に呆然としていると、彰人の眉が少しだけ寄る。
ぬめった彼の舌がゆっくりと抜き去られ、思わず彼を目で追ってしまった。
「葵…お前の舌から、少し血が出ている…」
まるで怒っているように不機嫌そうな低い声で囁かれ、上手く働かない頭で思い出したのは……
義理の父に組み敷かれた時、舌を噛もうとした場面だった。
多分、あの時だろう…他に思いつかないもの。
何も言わずに黙り込んでいると、彰人の目が眇められた。
怒っている、と言うよりも、何だか悲痛な面持ちだ。
「…噛んだのか。」
静かな問いに少し不安になりながら、小さく頷いた。
まるで全てを察したように、彰人は「そうか」と一言だけ零して、大袈裟な溜め息を吐いた。
「馬鹿な事を…」
その言葉に胸がチクリと痛んだけれど、あまりにも彰人の口調が悲痛な物だったから
僕は何も言えなかった。
でも彰人、僕は……彰人に捨てられた体なんか、もう要らないと思えるんだよ。
「…ごめんなさい」
ぽつりと謝罪の言葉を漏らすと、彰人は優しく頭を撫でてくれた。
慰めるように、ゆっくりと指先で髪を梳いて、頬にキスをくれる。
どうしてこんなに優しくしてくれるんだろう。
………僕を要らないって言ったのは、彰人なのに。
そう思ってハッとし、慌てて彰人から離れようとする。
すると今まで止まっていた彰人の手の動きが、また再開するものだから、堪らない。
「やだ…ぼ、僕を捨てた彰人なんて、嫌いだも…んっん――…ッ」
言いかけると急に唇を塞がれ、驚きで目を見開いてしまう。
じわりと視界がぼやけ始めて、涙が零れても、必死でもがいた。
彰人の冷たい唇の感触が、抑え込んでいた感情を引き摺り出すみたいで堪らない。
「…それで?」
離れた唇から低い声で問われ、考えが付いてゆかない。
「あ、彰宏と…仲良くすれば良いんだ…」
「で?」
謝罪する気配も無く、言い訳する気配も無いままで、彰人は淡々と訊いて来る。
で?って云われても…。
黙り込んでいると唇を優しく、軽く啄ばまれて舌先で舐められ、身体が震えた。
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