Forget me not…30
「僕…僕は、欠陥だらけなんだ…女々しくて、弱くて、素敵なものなんて何一つ持っていないもの。
彰宏みたいに、綺麗でカッコ良くも無いし…汚い感情ばかり抱くし…だからいつも、不安で…」
最後の方は、弱々しくてとても小さな声だった。
涙が零れて、そんな弱い自分に嫌気が刺す。
こんな駄目な人間なんか、彰人に捨てられて当然じゃないかって、考えてしまう。
「葵…お前はそのままで良い。私がどれだけお前を好いているか、分からないのか?」
手首を急に掴まれて引き寄せられ、彰人の膝上へと乗せられた。
至近距離で浴衣姿の魅力的な彼を見てしまい、涙で濡れた瞳を慌てて逸らした。
「私は、お前を認めているよ…」
「彰人…」
彰人の言葉に、涙が止まらない。
彼が、僕を認めてくれているんだって分かると、嬉しくて嬉しくて…。
幸せな気分を味わっていると、顎を掴まれて上向かされ、彰人の整った顔が近づけられる。
「多くの男を惑わす程の魅力を持って居ながら、全く分かっていないとはな。…いけない子だ」
唇に吐息が掛かるぐらい近くで囁かれ、そのまま唇を重ねられて、鼓動が速まる。
最初は軽く触れるだけの口付けだったのに、それは次第に、容赦無いものに変わってゆく。
このままじゃ…ヤバイかも。
明らかに、エッチする気満々…みたいなキスをされたら、僕なんかイチコロな訳で。
けど、ここは見た所旅館みたいだし、反対側の障子の向こうは廊下だし。
もし人が通ったりなんかしたら、障子一枚隔てただけじゃ、絶対声が聞こえちゃう。
「ちょ、ちょっと待って…っ」
「人が来たらどうするのかって?心配ない…この部屋は、離れだからな。」
呼ばない限り来る訳が無い…と低い声で囁いて、彼は口角を上げるだけの魅力的な笑みを浮かべた。
何でも、彰人が言うには、此処は特別室の棟だとか。
流石、有名大企業の社長だけあって、高そうな部屋を選ぶものだなぁ…
なんて考えている隙に、彰人は浴衣の中へと手を侵入させて来た。
「ぁ…、ちょっ…と、待っ…」
素肌を撫でて来る彰人の手の感触に、体が震える。
慌てて身を捩った僕は、時計が嵌められている方の、彼の腕を掴んだ。
「父さん、もうこんな時間だよ、戻らないとヤバイんじゃ…」
明日は大事なパーティが有るのだ。
こんな所でノンビリと、エッチなんてしてる場合じゃない筈だ。
「…サボりだ。」
「え…っ」
よもや彰人の口からそんな言葉が出るとは思っても居なかった。
大した事でも無い、と言うように彰人は僕を抱え上げて障子を閉め、
敷かれている布団の上へと下ろしてくれる。
「さ、サボりって…ヤバイんじゃ」
焦る僕なんかお構いなしに、彰人は焦った様子も無く、自分の腕時計を外している。
「お前が言ったんだろう?誕生日は一緒に居て欲しいと…」
そう言えば、彰人に最後だって言われて、社長室でした時に…そんな事言ったかも。
「で、でも…どうして急に?」
今まで一緒に居てくれた事なんて無いのに。
急に一緒に居てくれる事が不思議で、焦りながら尋ねる僕の上で、彰人はやれやれと呟いた。
「お前…今まで誕生日は一緒に居てくれとは、言わなかっただろう」
………その通りだ。
もっともな言葉に、頷くしか出来無い。
「ん…ッ」
いきなり首筋を舐められて、油断していた所為で身体がビクリと小さく跳ねた。
次の快感を期待して、身体は既に熱くなってる。
「父さ…っ」
誘うように切羽詰った口調で相手を呼ぶと、彼は喉の奥で笑って見せた。
それから僕の耳朶にキスをして……。
「お前が望めば、厭になるぐらい一緒に居てやる…」
そんな風に吐息混じりに甘く囁かれると、堪らなくなる。
彰人の言葉が嬉しくて嬉しくて――――みっとも無いのに、涙が零れた。
慌てて目を擦って涙を隠そうとするけれど、顔を隠そうとした手を掴まれて、瞼に優しいキスをされた。
「…すまなかった。」
急に謝られて、何が何だか分からない。
どうして彰人が謝るのか分からなくて、不思議そうに彼を見つめる。
「嘘だろうと、お前に…要らないなんて言うものでは無いな。もう少しでお前を失う所だった…」
深い溜め息を漏らしながら語る彰人は、本当に後悔しているようで…。
そして、強く自己嫌悪しているようだった。
何だか堪らなくなって、僕は彰人の首に抱き付いた。
29 / 31