the mating season…03
ただでさえ発情期で、既に学校のことなんて頭に無い僕は、
僅かに保っていた理性が、音を立てて崩れてゆくのを感じた。
彰人の言葉が嬉しくて嬉しくて……直に触れて来る彰人の手の感触が、あまりにも好すぎて。
「積極的なのも構わないが……他者の手で乱れるような真似をして、私を裏切るなよ。」
けれど彰人の言葉を耳にした瞬間、一気に血の気が引いてしまった。
一瞬何を云われたのか分からず、拍子抜けしたような表情を浮かべてしまう。
けれどその言葉の意味を理解した瞬間、強い不安に襲われた。
この時期の僕は本当に、彰人の考え通り、他者の手でも感じてしまうのだ。
乱れる、なんて事は今まで無かったけれど……有り得そうで恐いのが現状だったりする。
それが裏切りになるなんて思いも寄らなかった僕は、何度も小さく頷きながら、
頭の中ではどうしようかとひたすら考えていた。
彰人の口調が揶揄を交えたものだとしても、今の僕はその事に全く気付けず。
彼を裏切って、そして彼に嫌われてしまう事だけに恐怖を感じていた。
「彰人…ぼ、僕…気を付けるから。だから……嫌わないで、」
もしも彰人に嫌われてしまったら……
それは僕にとって、世界が終わってしまった事と同じぐらいに、絶望的な事だ。
縋り付くように自ら彰人の唇にキスを繰り返して、強まる不安を胸に抱えながらも
僕は彼の手の中で……直ぐに、熱を放ってしまった。
「もうっ、完璧に遅刻だよっ」
あれから結局、何度も僕の方からねだってしまい、家を出る頃にはお昼を過ぎていた。
満足した途端、我に返るのって……遅すぎるよ。
シャワーを浴びてから急いで支度をしている僕に、学校まで送ってやると声を掛けてくれた
彰人の有り難い言葉には耳を貸さず、急いで家を飛び出してしまった。
今やっと彰人が何を云ったのか思い出し、送って貰えば良かったと少し後悔している。
エッチしまくって疲れきっている身体を何とか動かし、
急ぎ足で学校へと向かおうとするけれど、直ぐに疲れてしまう。
あのまま学校休んじゃえば良かった……なんて、ちょっと邪な考えが浮かんじゃったりする。
身体がだるい時って、普段重いとも感じない鞄が重く感じたりもして…それが更に気分を憂鬱にさせてくれる。
やっぱり今日は休んで、彰人に迎えに来て貰おうかと考えるけれど、
もう彼は家を出てしまったかも知れないと思い直した。
一日中家に居られるような身分でも無い彰人は、さっさと会社に向かって、仕事に取り掛かっているのかも知れない。
人通りの少ない歩道の隅で立ち止まり、考え事にふける。
わざわざ仕事中の彰人を呼び出すような、彼に迷惑を掛けるような真似はしたく無いし。
でも、一人で帰れるかすら怪しいし。
そんな事を考えている僕の頭に、一瞬だけ社長専属秘書の坂井の顔が浮かんだ。
けれど頭を軽く横に振り、考えを掻き消す。
子供の頃から坂井にだって迷惑を掛けていたし、彼の手を煩わせる事は極力避けたい。
そう考えるものの、一度浮かんだ坂井の姿は、頭の中にしつこく残る。
いつもより弱気な僕って、本当に質が悪い。
迷惑を掛けたくないのに、坂井なら迷惑とも思わずに迎えに来てくれるかも……なんて、甘えた思考に走ってしまう。
鞄の中から携帯を取り出そうとまでしちゃうし、
しかもそれを、仕方ないと思っている駄目な自分が居る訳で。
「え……あれ?うそ…っ」
けれど僕の甘えた考えは、やはり却下されたようだ。
鞄の中をどれだけ探しても携帯が見つからないし、ポケットを全てあさっても見つからない。
多分、急いで家を出た所為で、忘れて来てしまったんだろう。
更に最悪な事に、財布まで忘れている。
僕は一体、何をしに外に出たのか分からなくなって、途方に暮れた。
近距離で学校へ辿り着くには、途中から電車とバスを乗り継いで行く訳で。
両方とも使えないとなると、疲れきったこの状態で、あの長い道を歩くしかない訳で…
定期券は財布の中だし、公衆電話を探そうにも肝心の財布が無いしで。
暫く現状を掴めず、呆然とその場に立ち尽くしてしまう。
今日の僕って、運が悪い?
それとも、朝から彰人とあんな事しちゃってたから……バチが当たった?
しょげながらその場に立ち尽くしていると、急に肩を後ろから掴まれた。
その感覚にぎょっとして、一瞬頭の中が真っ白になる。
急に知らない人に腕を掴まれたり、肩を掴まれたりする事は良く有るけれど……
こう云う時期に、それをされたくは無かった。
発情期って、本当に発情期だから、誰かに身体を触られただけで少し反応してしまうような、厄介なものなのだ。
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