the mating season…04

 でも、彰人に触られる方が、不思議と反応は一番大きい。

 朝あんなにした癖に、発情期の身体は肩を掴まれただけで疼き始めるし、
 どうしようかと躊躇いながらも、恐る恐る振り返る。
 僕の肩を掴んでいる手を辿るようにして見上げると、何処かで見たような、背の高い人が立っていた。
 その人の隣にも長身の男性が居て……二人とも身長はかなり高いけれど、彰人よりは低いと思う。
「あぁ、やっぱり社長の息子さんじゃん」
 肩を掴んでいた人が僕の顔を見るなり、柔らかい微笑みを浮かべながらそんな言葉を口にする。
鳴瀬(なるせ)。肩まで掴んでおいて、人違いだったら……どうする気だったんだ?」
「そん時はそん時。素直に謝れば、誰だって許してくれるだろ」
 物静かな口調で喋る人の言葉に対し、逆にやけに明るい口調で喋る人。
 鳴瀬と呼ばれた人の声は明るめだけれど、耳障りとは全く呼べない程に、響きが良い声だ。
 何処かで見たような気がするこの二人を、果たして何処で見たのか……
 必死で思い出そうとしていると、鳴瀬と呼ばれた人は、急に僕の手を取って少し身を屈めて来た。
「こんなに間近で見られる日が来るとは思わなかった。今日はツイてるな…」
 目を細めながら囁いて、いきなり手の甲へと唇を寄せる。
「ひゃっ」
 油断していたのと驚いたのが合わさって、気の抜けたような変な声が、口から漏れた。
 慌てて片手で口元を押さえて手を引っ込めるけれど、相手は平然と微笑みを湛えている。
 あ、危なかった…。
 手の甲にキスされただけで、身体がゾクゾクしちゃうなんて、ヤバ過ぎる。
 これじゃあ今朝彰人に云われた通り、他人の手で乱れるような真似をしてしまうかも知れない。

「鳴瀬、調子に乗り過ぎだ。」
「宮下は堅過ぎ。こんなの、挨拶の内だろ?」
 挨拶って……。
 男の人が同性に向かって、こんな挨拶する筈が無いと思うけど。
 一人で不満を抱いていると、宮下と呼ばれた人と目が合う。
 目が合った相手は軽く頭を下げて来たものだから、思わずつられて自分も頭を下げた。
 相手と違って、少し深めのお辞儀をしてしまい、ゆっくりと顔を上げた僕を、彼は何だか意外そうな表情をして見ていた。
 どうしてそんな表情をされるのか分からず、失礼を感じさせないように視線を逸らす。
 何だか、いたたまれない。

「あ、あの…何処のどなたか知りませんけれど……急いでますので」
 失礼します、と告げて頭を下げ、早々とその場から離れようとするけれど、直ぐに腕を掴まれた。
 再度振り返れば、鳴瀬と呼ばれた人がこちらを伺っている。
「何処のどなたって……そりゃあ無いぜ、坊っちゃん」
 大袈裟とも言える程の大きな溜め息を漏らして、相手は残念そうな表情を浮かべる。
 そう言えばさっき、社長の息子って言われたような…。
 相手の顔を眺めながら記憶を探り、彰人と僕が親子だと知っている小数の人達を思い出して見る。
 実を云うと僕が彰人の息子だと云う事は、彰人が信頼を置く人物にしか教えられていない。
 ちなみに、彰人と恋人同士だと云う事を知っているのは、社長専属秘書の坂井だけだ。
 記憶を探っていると、この二人が誰なのかやっと思い出した。
 彰人の下で働いている、交渉人の二人組みだ。
 会って直接話をした事なんて一度も無いけれど、以前一度だけ顔を見た事が有る。
 その後で、坂井から二人の話を聞いたのだ。

 成功率97.1%を誇る、あまりにも優秀な交渉人で、その上、与えられた仕事は
 自分の範囲外だとしても完璧にこなす為、業界の多くが欲しがる逸材らしい。
 けれど二人とも、誰もが手を焼く程の大層な変わり者で扱い難く、彼らを巧く扱える人が居ないとか。
 そんな二人を手元に置いちゃってる彰人って、本当に凄いと思う。
 それに坂井だって、よその企業が欲しがるほどの逸材だってこと、僕はちゃんと知っている。
 彰人が信用の置ける人物は、みんな凄い人達ばかりだ。
 カリスマ性は有る上に、仕事も出来て社交的で、社員の信頼も厚くて…
 二人っきりになると変態で鬼畜になるけど、彰人って本当に完璧な存在だと思う。
 血が繋がっているのに……僕とは、大違いだ。

「あの…父さんの部下の、方達…」
「そうだよ坊っちゃん、思い出してくれたか」
 それまで残念そうな顔をしていた男は、途端に嬉しそうな顔を浮かべて、更に明るめの声を出した。
 記憶にハッキリと残るような、綺麗な声で…何だか、聞き惚れてしまいそうだ。
「えっと…鳴瀬さんと、宮下さん…ですよね?」
 一応名前は分かっているけれど、確認するように問い掛けてみる。

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