the mating season…05

 すると鳴瀬と呼ばれていた人は嬉しそうに微笑みながら頷き、
 宮下と云う人も口元に軽い微笑みを浮かべながら軽く頷いた。
「他人行儀だなぁ、坊っちゃん。礼儀正しくていいけどよ、敬語は無しにしようぜ」
「葵さん、俺の事は宮下でいい。」
 二人同時に話し掛けられ、何とか聞き取る事は出来たものの、いささか悩んでしまう。
 年上を呼び捨てして…しかも、敬語も使わなくていいだなんて、失礼じゃないんだろうか。
 坂井は僕が幼い頃から一緒に居たから呼び捨てにしちゃうし、
 敬語も使わないけれど……この二人とは、今日初めて面と向かって言葉を交わしたばかりだ。
「で、でも…あの、」
「坊っちゃん、他人行儀を嫌う奴だって居るんだぜ?…此処に二人、な。」
 にこやかに微笑みながら云われると、この時期の弱気な僕では、それ以上拒む事は出来無い。
 躊躇いながらも軽く頷くと、二人は満足そうに微笑んでいて…思わず少しだけ見惚れてしまう。
 鳴瀬の顔は端整で、そして少し若くて……宮下も美形の部類に入る顔つきをしている。
 坂井と云い、この二人といい……どうして彰人の周りには、カッコ良くて美形な人が多いんだろう。
 何かチョット、不満を感じちゃう。
 男としては、やっぱり彰人みたいな美形でカッコ良くて、長身で強い人になりたいのに。
 現実はいつだって、僕に冷たい。
 つい不満そうな顔をしながら相手を見上げていると、鳴瀬がゴクリと喉を鳴らした。

「坊っちゃん…やっぱ間近で見ると、更に……」
「ぁ…、」
 僕の勘違いなのか分からないけれど、相手は何だか興奮しているようで……
 急に両肩を掴まれてしまい、その所為で敏感な身体はビクン…と小さく跳ねてしまう。
 こんな街中で欲情しちゃうような自分が、とてつもなく恥ずかしい。
 道の隅に居る上に、宮下が丁度壁のように立っている為、通行人からは
 僕の姿は良く見えないけれど……やっぱり恥ずかしい。

 赤面している僕へ、思わず見惚れるぐらいの端整な顔が近付いてくる。
 彰人には負けるけれど、本当にカッコイイと思う。
 ぼんやりと彰人の事を考え始めていると男の顔がいつのまにか、
 至近距離まで近付いて来た為、慌てて頭を後ろへ引いた。
 何だかキスされそうな雰囲気で、直感的に逃げようと云う気になる。
 今の僕って、何に対しても欲情しちゃうような危険人物なんだから。
 キスが彼にとっての挨拶だとしても、きっと……反応しちゃうと思うし。
 それに、例え挨拶だろうと、彰人以外とキスなんてしたくないし。

「鳴瀬、葵さんが警戒している」
「悪い。つい、な…」
 冷ややかに僕の様子を語った男の言葉を耳にすると、鳴瀬はあっさりと
 僕の両肩から手を離し、少し申し訳無さそうに謝罪した。
 そんな二人を交互に見上げてから、直ぐに頭を深々と下げ、逃げるように早口で言葉を放つ。
「あの、僕急いでて…あの、あの…失礼します、さよならっ」
 彰人相手じゃなくても、敏感に反応しちゃう自分の身体が嫌だ。
 家に帰って、やっぱり今日はじっとしていよう。
 学校は暫く休んで、身体が元に戻るまで大人しくしていた方が良い。

 ………彰人以外に反応したりなんかしたら、今朝彼が云ったように、彰人を裏切ってしまいそうだ。
 今朝彰人に云われた言葉が、僕の頭の中でグルグルと回り始める。

 それだけは絶対に、どうしても、何が何でも、避けないといけない。
 何故なら、裏切りと云う行為を、彰人が一番嫌っているからだ。
 彼の一番嫌いな事をしてしまえば、軽蔑される所の騒ぎではない。

 …………嫌われる。
 そう考えただけで、絶望感に落とされる僕は、よっぽど彰人に夢中なようで。
 今まで幸運な事に、彼に嫌われる事は何とか避けて来られたけど、裏切ってしまえば……もう、後は無いんだ。
 やり直しなんてきかないし、僕の言い分も何もかも、聞いてくれなくなるに決まってる。
 彰人に嫌われたら、生きている意味なんて無いと思えるほど、彼が好きだ。
 彼さえ居てくれれば、もう何も欲しくないし、僕の中で彰人の存在はあまりにも大きい。
 だから僕は……彼に嫌われるような事は、絶対にしちゃいけないんだ。
 焦っていた所為か、敬語を使わなくていいと云われたのに使用し、なるべく丁寧な口調で謝罪してしまう。
 けれどやっぱり、相手は引き下がってはくれず……。
「いきなりどうしたんだよ、さっきの事は深い意味なんて無いって。だからもう少しぐらい、いいだろ?」
「鳴瀬…しつこいぞ。葵さんが困っている」
 さっきの事…と聞いて、キスをされそうだった先程の事を思い出す。

4 / 6