the mating season…06
別にそれを不快に思って立ち去る訳じゃないのに…誤解させてしまったみたいで。
でも…深い意味って何だろう。
そう考えながら鳴瀬の顔を見上げると、相手は少し真剣な表情をしながらこちらを見ていて……
彼があまりにも必死に頼み込んで来るものだから、僕はどうすれば良いのか分からなくなってしまう。
実は坂井から、この二人の話を聞いた時に、鳴瀬には絶対に関わらないようにして下さいと、念を押されたのだ。
話すのも、同じ空気を吸うのも駄目です、と。
かなり敵対しているようで、そんなにも嫌な人なのかと思ってしまった。
だけど、必死に頼み込んでいる姿を見る限り、嫌な人には見えない。
鳴瀬を見上げながら、自分の事でいっぱいいっぱいだった僕は、いささか冷静さを取り戻してあれこれ考え始めた。
少し、と云われているのに、今ここで逃げるような真似をしてしまえば、失礼かも知れない。
彰人の部下の人に対して、失礼な態度をあまり取ってはいけないだろうし。
僕が彰人の息子だと知っている相手なら、尚更愛想を好くしないと。
僕の態度が原因で、彰人に恥を掻かせたくは無いもの。
「えっと……少しだけ、なら」
「葵さん、気を使わなくてもいい」
躊躇いがちに言葉を放つと、冷ややかな声がすぐに飛んでくる。
思わず相手の顔を見上げる僕に、宮下は軽く頭を下げて見せた。
「こいつの云う事は気にしなくていい。急いでいる所、悪かったな」
淡々と喋る姿が、まるで機械のようで……何だか、印象的だ。
「宮下、坊っちゃんは少しだけならイイって云ってるだろ?」
「社交辞令だ。…若いのに、しっかりしている。少しは葵さんを見習え」
「見習えだと?宮下こそ、そのお堅い所をどうにかしろよ、」
「おまえがその軽い所をどうにかしたら、俺も直してやる」
仲が良いのか不仲なのか分からなくなる程、二人は急に口論を始めちゃって―――確かに、扱い難い二人組だ。
止めるべきか、それとも下手に口を出さずに見守るべきか迷っている間も、二人は口論を続けている。
せめてもの救いは、二人が大声を出していないし、場の雰囲気も刺々しいものでは無いと云う所だろうか。
何て云うか、じゃれ合いのような……僕の友人の二人が良く口論しているような、本気じゃない喧嘩、みたいな。
けれど二人とも、人目を惹く程に顔はいいし、声も響きや発音が綺麗だから……
結局、通行人の目はこちらに向いてしまう訳で。
「宮下、おまえがそう云う態度に出るんなら、もう容赦しないぜ」
「…どう容赦しないのか、聞かせてもらおうか」
さっきから会話を聞いている限り、何だか宮下の少し尊大な態度が、彰人に似ているかも。
でも彰人と違って、反論出来なくなるような威圧感を持っていない分、全然かわいらしい。
彰人のあの目に睨まれたら、蛇に睨まれた蛙状態になるし、
彼が身に纏っている雰囲気は逆らう気なんて誰にも起こさせないもの。
そう考えていると、つい彰人の姿を思い浮かべてしまう。
背が高くて、前髪を掻き上げるような仕種があまりにも魅力的で……
目を細めながら微笑むあの表情なんて心臓が一瞬停まりそうな程に、ドキドキするし。
そこまで考えると余計な事に、今朝の濃厚なエッチの内容までハッキリと頭の中に浮かんでしまい………
僕の身体はすぐに熱くなって、顔は耳まで赤くなってしまう訳で。
「坊っちゃん、どうした?」
「葵さん、どこか具合でも悪いのか、」
それまで口論を続けていた二人は、僕が俯いた瞬間、二人同時に言葉を発した。
それが少しだけ可笑しかったけれど、今の僕には笑っていられる余裕なんて無い。
本格的に身体が疼き始めちゃって、堪らない。
「あ、あ…あの、帰ります。ごめんなさいっ」
自分がどうしようも無く、淫らな存在に思えて恥ずかしかった。
こんな街中で、彰人の事を思い出しただけで発情したりなんかして……
しかも、彰人が信頼している部下の人達の前でだ。
情けなくて、馬鹿みたいで、自分が嫌いになりそうで……
逃げるようにその場を走り去りたかったけれど、実際はよろけながら歩き進む事しか出来無い。
「坊ちゃん、自宅まで送ってやるから待てって。危なっかしくて放ってられねぇ…家は何処だ?」
本当に心配そうな顔をしながら、僕の前に回り込んで来る鳴瀬に続いて、宮下も近付いて来る。
「顔が赤いようだが…熱か?」
機械のような淡々とした低い声が響いて、成人男性の手がゆっくりと
こちらへ伸び、前髪を掻き分けるようにして僕の額へと当てられる。
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