the mating season…09

 けれど鳴瀬がそう云った瞬間、何も考えられなかった頭の中に、彰人の姿が浮かんだ。

 僕の恋人で、死ぬほど好きな人。
 彰人じゃないと……嫌だ。
 心の底から、そう思った。

 力が全く入らない身体を何とか動かし、弱々しく首を横に振る。
 彰人の指に、触れられたい。
 あの人の唇が肌を伝って、キスを繰り返して…上品で形の良い口元が、いやらしい言葉を吐いて……。

「ゃ…やだ…ッ、やだぁ…」
 必死で拒否の言葉を漏らして、股間部に触れている鳴瀬の手から、逃れるように腰を引いた。
 驚いている鳴瀬の表情が目に入るけれど、構わずに逃げようともがいた。

 ―――――他者の手で乱れるような真似をして、私を裏切るなよ。

 今朝、彰人に云われた言葉が今更、頭の中で響く。
 さっきまでの自分の行動が嫌でも思い出されて、自ら鳴瀬にしがみ付いた自分の行動に、吐き気が込み上げた。
 どんな理由で有ろうと、僕は彰人を裏切ってしまった……。

 彰人の事が好きなのに、大好きなのに。
 彰人以外の人に触られて、あんな声を漏らして……僕は、最低で……大馬鹿だ。






 気を抜くと直ぐに忘れてしまいそうな彰人の姿を、必死で頭の中に留めながら抵抗する。
 涙がボロボロと零れるけれど、情けないと思われようが、構わない。
 彰人じゃないと、嫌なんだ。
「鳴瀬、諦めろ…葵さんは嫌がっているだろう、」
「あーあ、分かったよ。」
 鳴瀬はそう答えると、僕の身体をあっさりと解放し、ソファの上に横たわらせてくれる。
 勃ち上がってしまった性器を隠すように、二人へと背を向けるように身体を横に向け、声を潜めて泣いた。
「坊っちゃん、辛いだろうけど…暫く休んでれば効果は切れる。………ごめんな、」
 申し訳無さそうな声が後ろから聞こえるけれど、僕は泣きじゃくったままで、何も答えられない。
 頭の中では彰人の姿がずっと浮かんでいて、身体は苦しくて、辛い。
 他の人に触られて、感じちゃうようなはしたない人間だから…きっと、バチが当たったんだ。
 彰人の事を裏切ったから、僕はこのまま…鳴瀬の云う通り、暫くの間苦しみ続けるんだろう。
 心の中で、ひたすら彰人に謝罪の言葉を繰り返して…激しく自己嫌悪した。

「鳴瀬……これに懲りたら、葵さんに妙な真似は二度とするなよ、」
 厳しい声が後ろから聞こえて来るけれど、振り返る事もしない。
 暫く声を抑えながら泣き続けていると、ドアの開く音が聞こえ、直ぐに閉じた音が響く。
 確認するように振り返ると、二人の姿は無かった。
 静まった室内に取り残され、後から零れて来る涙を拭って、息を切らして…
 痛い程に疼く下腹部にひたすら耐えながら、再度扉に背を向けて泣きじゃくり続ける。
 理性を保ち続けるのが、一番辛い。
 気を抜くと、彰人の事を忘れて、性欲に溺れてしまいそうだ。
 僕は僕が、大嫌いだ。発情期になっちゃう僕も、快感に直ぐ負けてしまう僕も、
 弱くて駄目で、何の取り得も無い僕も……全部全部、大嫌いだ。


「ひっ、う…、ぇ…えっ」
 自分の泣き声があまりにも情けなくて、弱い自分に腹が立つ。
 疼く性器を自分ではどうにも出来ず、両手は自然と股間部へ降りてしまうけれど……
 それから、どうすれば良いのか分からない。
「…んっ、」
 試しに衣服の上から軽くさすってみると、思ったよりも快感が強い。
 躊躇いがちに張り詰めた部分をゆっくりと撫でると、その度に身体は小さく跳ねた。
「ふっ、ぇ…あき、彰人…、彰人…ッ」
 泣きじゃくりながら愛する人の名を呼び、彰人の手の感触を思い出しながら撫で続ける。
 下着がぐっしょりと濡れているのが分かって、何だか気持ち悪い。
 けれど自分の手を止める事も出来ず、結局快楽に負けてしまっている自分が、ひどく情けなくて……
 泣きじゃくりながら手を動かし、彰人の名を呼び続けた。
 何度も布越しに性器を擦り、身体が小さく跳ねる程気持ち好いのに、何故か一向に達く事が出来無い。
 彰人に刺激してもらうと、直ぐにイッちゃうのに……。
 それでも手は止まらず、自分の性器を布越しに擦り続ける。

「あっぁ…、彰人…っ、んン…んッ」
 淫らな行為に没頭している僕の耳には、扉が開いた音なんて入らない。
「全く…おまえと云う奴は、」
 急に背後から聞こえた声に、身体がビクリと跳ねる。
 自身を刺激していた手は止まり、鼓動は速まり、熱が更に上がる。
 恐る恐る振り返ると、少しぼやけた視界に入った男は……紛れもなく、僕の大好きな人だ。
「あ、あき…彰…人、」
「服の上からだけで、満足出来るのか?」
 揶揄するようにクスクス笑いながらそんな言葉を放つ彼を見ると、涙が更に零れ落ちる。

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