鳥籠…02
青年の顔が微かに赤らんでいる事など、不機嫌になった樋口は気付く様子も無く、
目の前まで近付いた樋口は相手の顎をそっと掬い上げ、顔を近付ける。
多少苛立っては居るが、顎を掬い上げる仕種は、乱暴とは呼べないものだった。
「凪君、そんなに此処から……出てぇか。えぇ?」
脅しつけるかのような低い声で囁かれ、青年の身体が微かに震える。
失踪する前、何度か兄が仲間のヤクザを連れて来た時も有ったし、失踪してから後も
兄の行方を教えろと、訪れたヤクザに何度もドスの利いた声で脅された。
だが樋口は、今まで出逢ったどのヤクザより、雰囲気も迫力も桁が違う。
この男が、脅すようなドスの利いた鋭い声を放つと、心が切り裂かれる程の苦痛を得てしまうのは……ただ単に、武闘派の樋口が恐ろしいだけなのか。
それとも……相手を、好いてしまっているからか。
凪には、答えが見つからずにいた。
樋口はヤクザだと云うのに、自分に対して暴力は決して奮わず、あまり乱暴な言葉すら吐かない。
その上、樋口が実は優しい人間なのだと知ってしまい、いつの間にか樋口に対して凪は恋愛感情を抱いてしまった。
ヤクザで、しかも同性で……歳だって二十は離れていると云うのに。
その上、樋口は自分の事を弟のようにしか、思って居ないと云うのに。
樋口が何度も色々な所へ連れ出してくれた時、どうしてこんなにも親切にしてくれるのか。
そんな事を尋ねた時、樋口は死んだ弟に凪がソックリで、だからこそ可愛がってやりたくなるのだと、確かに云ったのだ。
理由を聞いた当時は樋口に同情しか抱かなかったが……今は、辛いだけだ。
こうして傍に居てくれるのは、兄の行方を知る為で。
優しくしてくれるのは、弟に似ているからで。
「凪君、」
樋口の質問に答えられずに居ると、低く通る声で名前を呼ばれ、唇を奪われる。
咬み付くような口付けをされ、樋口の手で服を脱がされると、それだけで凪の身体は、期待するかのように熱を上げてしまう。
樋口がこんな事をするのは気紛れで、したいからするのだと云う、単純な理由だ。
初めて組み敷かれた時、どうしてこんな事をするのかを尋ねたら、樋口は迷わず、したいからするんだと答えた。
キスをして、男女のように抱き合うのは、決して恋人同士だからと云う理由ではなく。
したいからすると云う、単純な理由で……だから自分は、樋口にとって欲求の捌け口でしか無いのだろう。
樋口が自分を好いてくれるだなんて思い上がりも良い所で、そんな勘違いをして、後から傷付くのは、絶対に嫌だ。
凪は自分自身に言い聞かせるように、諦めろと何度も頭の中で繰り返し、
辛すぎる一方的な想いに涙が零れそうになり、なるべく樋口を見ないようにと目を瞑る。
自分を拒むような態度を見せる青年を見て、樋口は苛立ったような舌打ちを零した。
だがいくら苛立っていても、樋口の無骨な手はゆっくりとした動きを保ち、青年の露わになった白い肌上を、なぞるように滑ってゆく。
「ぁ…っ、」
胸元まで樋口の手が滑り、淡い桜色の突起を指で突付かれると、青年の声が上がった。
微かに身体を震わせ、物欲しそうに自分を見上げている青年を見ると、樋口は笑い出したくなる。
俺を恨んで嫌悪している癖に、俺に触られて、感じてやがる。
「…凪君、貴方は気持ち好ければ、誰が相手でも…いいんでしょうね、」
ほぼ無意識で放った言葉に対し、凪は驚いたように目を見開いた。
樋口の唐突な言葉は、あまりにも痛過ぎる。
自分は樋口にとって、そんな風に思われていたのかと知ると、心が張り裂けそうだった。
何も答えず目を伏せてしまう青年を、樋口は意外そうに見つめていた。
愛撫する手は止まり、傷付いたような悲痛な表情を浮かべている青年に、視線が釘付けになる。
凪は心中で、やはり樋口は自分の事を好いては居ないのだと考えていた。
自分がそんな下卑た人間なのだと思っているからこそ、樋口は何の躊躇いもなくこの身体を組み伏せ、それから何度も抱いていたのだ。
自分を少しでも好いていてくれるから、抱いたのでは無かった。
やはり自分は樋口にとって、欲求の捌け口や抱き人形でしか無いのだ。
「…な、凪君?ど、どうしました、」
驚く樋口の声が聞こえるが、凪は零れる涙を抑えられずにいた。
何よりも、樋口にそんな風に思われていた事が哀し過ぎて、胸が痛む。
樋口の事を好いているからこそ、抱かれるのも嫌いじゃなくて、むしろ、好きだったのに……。
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