鳥籠…08

「頭、これで信用して貰えましたか?遠山さん、頭をどうしても桜羅の三代目にしたいらしいっす」
「桜羅を吸収したいからだろう、」
「お見通しっすか。愛ですね、」
 揶揄を込められ、榎本が気を悪くしたように顔を顰め、舌打ちを零す。
 だが、猛は全く気にしていない素振りで、会話を続けた。
「遠山さんがオヤジを殺っちまおうかって、云ってるんっすけどね。頭、どうします?」

 オヤジが跡目を指名する前に、死んでくれれば……
 後は臨時幹部会でも開いて、選挙で跡目を決めればいい。
 樋口を支持する者達が大半だろうが、金で票を獲得すれば、問題は無かった。
 それに元から、榎本は津川に対して、忠誠心が無い。

「幹部連中にバレたら、どうする。破門…いや、絶縁になるぞ、」
「絶縁より、殺されますって。なぶり殺しっすよ。特に樋口の兄貴は、容赦無いっすからね」
 猛の言葉を耳にし、榎本の身体に緊張が走る。
 幹部連中ではなく、一番恐れる相手は、樋口だ。
 一度舌打ちを零すが、榎本は既に決意を固めていた。
「危ねぇ橋は、渡らない事にしてたんだが…、信之には逆らえねぇ」
「決まりっすね。頭が三代目になったら、俺の事も、宜しくお願いします」
「戻って来るつもりか?……いい度胸してるじゃねぇか、」
「恐縮でおます、」
 場を和ませようとしたのか、ふざけた口調で猛が言葉を吐くが、それは榎本の気を悪くさせるだけだった。
「猛…、アクセント変やで」
 榎本は気を悪くしたように低い声で短い言葉を放ち、一方的に電話を切った。
 携帯を机の上に投げ出し、懐から煙草を取り出して咥え、自分で火を点ける。

 ――――――ヤクザが病気で死ぬなんて、情けないぜ、オヤジ。
 鼻で嗤い、榎本は投げ出した携帯を再び手にした。
 外舎弟として飼っている、殺しを職業としている男の所へ、連絡を入れる。

 桜羅の二代目、津川新一郎の死に様は先代と同じ、銃弾をその身に浴びて絶命するのが、一番相応しい。
 そう考えた榎本は、堪え切れずに高らかな笑い声を、室内に響かせた。



 凪が「淋しくて」と口にしてから、樋口は気にしてくれたのか、
 あの鳥籠のような部屋から凪を時々出してくれるようになった。
 その上、樋口が用事で傍に居ない時は樋口組の若頭、海藤が世話を焼いてくれ、凪が一人になる事は無い。
 樋口はやはり優しいと思い、それと同時に、凪は迷惑を掛けている事を申し訳なく思っていた。
 だが樋口は全く迷惑だとも云わず、それ所か、淋しさを感じなくなるのなら何でもするとまで云ってくれた。
 そんな樋口の優しさに触れる度、自分の想いに蓋をして
 隠し続ける事を決意した凪は、その決意が度々緩みそうになるのを必死で堪えていた。
 凪の悩みは、決意が緩みそうになる事だけには、止まらなかった。
 樋口が最近自分を抱かなくなり、それ所か、触れる事すら稀と云った状況になっている。
 自分の身体に厭きたのか、それとも他にいい人を見つけたのか。
 そう考えると泣きそうになる程、樋口を好きな自分が、とても弱く思えた。
 樋口に触れられる事を望み、彼が与えてくれる快感さえも望んでいる自分が、どうしようも無く嫌に思える。
 悩みの所為で思わず凪は溜め息を漏らしてしまい、煙草を燻らせていた樋口は、敏感に反応した。

「凪君、どうされました?」
 ベッドの上に座っている凪へ声を掛けるが、相手は何も答えず、小さく首を横に振るだけだった。
 樋口は眉を寄せ、灰皿で煙草の火を消すと、直ぐに凪の方へと向かう。

 来ないで欲しい、と凪は思っていた。
 近付かないで、放って置いて欲しい、と。
 傍に寄られたら、優しくされたら……自分の想いを抑え切れなくなりそうで、恐い。
 樋口はそんな凪の気持ちを知る由も無く、ゆっくりとベッドに腰掛けた。
 心配気にこちらを見下ろしている樋口の姿に、凪は胸が熱くなる。
「…に、兄さんが見つかったら、どうなっちゃうんだろうって思って…」
 誤魔化すように咄嗟に嘘を吐くと、樋口はサングラスの奥の目を眇め、口元に優しげな笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ、猛の事は許してくれるよう、俺からオヤジに頼んで見ます。
また、猛と親父さんと三人で暮らせる日が来ますから…凪君は何も心配する事なんざ、有りませんよ」
 安心させるように穏やかな声で云い、凪の頭を久し振りに、優しく撫でてやる。
 優しすぎるとも云える言葉と、久々の樋口の手の感触に、凪は驚きにも似た表情を浮かべた。

 何故此処まで、自分に優しくしてくれるのか。
 それは自分が、弟にそっくりだからと云うのは、重々承知している。

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