鳥籠…15
「組長の予想された通りでした。本家の親分は、榎本が飼っていた犬に殺られたみたいです」
此処へ戻って来た時、榎本の事を調べるよう海藤に命令したものの、
僅か数時間で調べ上げてしまった海藤の有能さに、樋口は満足気な笑みを浮かべる。
更に、榎本が飼っていた犬も短時間で見つけ出して始末し、海藤はこの場に居る。
云わずとも、既に海藤が犬を始末したと理解している樋口は、低い笑い声を漏らした。
「アシの付くような奴を雇うようじゃ、榎本も終わりだな…」
低い声色で笑い声を立てると、海藤も同意するように深く頷く。
「組長、榎本の外道を殺るんでしたら、私が…」
「…気が早過ぎるぜ、海藤。先ずはオヤジのタマ殺った、理由を聞き出すんだろうが、」
愉しそうに笑う樋口の眼差しは暗く、冷たい光を帯びている。
樋口の聞き出すと云う言葉が、どれ程恐ろしいかを知っている海藤は、視線だけを凪の方へ向けた。
……本当に、態度が違い過ぎる。
下の人間達も、樋口の凪に対する態度を見て、度肝を抜かした程だ。
腑抜けになったと一時噂していた組員も居たが、樋口の残忍で冷酷な性格が
全く消え失せては居ない事を思い知ると、直ぐにそんな噂は消えた。
「海藤、何処見てやがる…」
不快そうな声が響き、海藤は直ぐ様凪から視線を外し、謝罪するように頭を下げる。
だが、嫉妬心を剥き出しにしている樋口を初めて目にした事に、海藤はいささか驚きを隠せずにいた。
頭を下げている間も、樋口の射るような視線を感じ、海藤は冷や汗が背を伝うのを感じる。
何者をも恐れぬと噂されている海藤であったが、実際は樋口を何よりも恐れていた。
けれど、樋口を畏怖すると同時に、強く崇拝もしている。
部下の多くも、同じ様な複雑な感情を抱いている事を、海藤は知っていた。
「組長、榎本を拉致するので有れば、私も参ります。榎本の行動は、既に掴んで有りますので…」
「流石だな、海藤。……兵隊も2、3人ばかし連れて行くか、」
「承知しました。では、直ぐに手配を致します、」
ベッドの上の凪は、寝ているフリを続けながら、二人の会話に聞き入っていた。
嫌な予感を感じているように、凪の鼓動は速まり、息が詰まる。
海藤の足音が遠ざかってゆくのを耳にしながら、凪は言いようの無い不安に駆られていた。
掌が汗ばむのを感じ、良くない事が起こるのかと、凪は考えを巡らす。
もし、もしも…樋口さんが、危険な目に遭ったら?
汗を掻いていたと云うのに、そう考えただけでゾクリと、嫌な寒気が背筋を走った。
思わず震えてしまった凪に気付いたように、樋口は煙草の火を灰皿で消し、凪の元へ近付く。
「起きていらしたんですか……凪君、どうしました?震えていますね、」
ベッドに腰を下ろし、樋口は心配そうに凪を見下ろす。
樋口の手が髪に触れ、そのまま頭を梳くように撫でられると、凪は気分が落ち着くのを感じる。
頭を撫でられ、気持ち好さそうにしている凪を見つめながら、樋口は残念そうに口を開いた。
「凪君……出来れば、ずっとこうして居たいんですが…仕事が入ってしまいまして、」
「…危険な、仕事なの?」
震えた声で尋ねる凪を見て、樋口は目を眇め、薄く笑った。
「ご心配には及びませんよ。少し遠くまで、ゴミ処理に行くだけですから」
ゴミ処理、と聞いた凪は、つい驚いた表情を浮かべてしまう。
樋口には全く似合わない仕事だと考えたからだ。
それに、先程聞いた話とは違っている為、自分には知られたくない事なのかと、凪は察した。
「それと、海藤も連れて行かなければいけないんです。代わりに、誰を置いて行きましょうか、」
「あ、あの…っ」
凪を淋しがらせぬよう、誰を置いてゆくか考えていた樋口へ向け、凪が焦ったような声を漏らす。
もう樋口の足は引っ張りたくなく、これからも樋口の大事な部下を
自分の傍に居させなくて良いと、凪は告げるつもりだった。
「僕、もう…淋しくはないから、だから…」
「ナギ、」
低い声で名前を呼び捨てられると、凪の身体は少し熱を上げ、鼓動が速まってしまう。
樋口は凪の髪を梳きながら顔を近付け、吸い上げるようにきつく唇を奪った。
そんな行為だけで凪は頬を赤らめ、恥ずかしそうに目を瞑る。
「お前の傍には、阿久津を置いて行く。…それで良いな?」
唇を離した樋口は、了承以外を許さないかのように、少し強い口調で囁く。
それでも、以前見た部下に対する態度よりかは全然優しく思え、凪は弱々しくだが、かぶりを振った。
次頁からは人が死んだり等、暴力的や残酷描写が増えて来ます。
閲覧の際は、お気を付け下さい。
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