鳥籠…19

 銃弾が尽きるまで撃ち続けた猛は、弾倉が空になった銃を床へ放り投げた。
 澤木田の左足は無残にも肉が弾け飛び、白い骨が剥き出しになって砕けている。
「次は、反対の足だね」
 ベルトに差した新たな銃を抜き、残酷な言葉を放ち、愉しそうに笑う兄へと、凪は唐突にしがみついた。
「お願い、兄さん…っ、もうやめて…」
 悲痛な声を上げて涙を零し、濡れた瞳でこちらを見上げている弟の姿と言葉に、猛は興奮した。
 暫く会わない内に、更に色気が増したと考えながら、大人しく銃を下ろす。
「凪がそう云うなら、仕方ないね。やめてあげるから、もう泣かないでくれよ、」
 優しい言葉を吐きながらも、猛はもっと凪を泣かしてやりたいと考えていた。
 ベッドの上で、じっくりと。
 泣きながら自分を求め、縋りついて来る弟の媚態を想像し、猛は胸を熱くさせる。

「それじゃあ凪、行こうか」
「行くって、何処へ?…そ、それよりも、澤木田さんを病院にッ」
 泣き止まない内に凪は澤木田の元へ駆け寄ろうと、猛の傍から離れようとする。
 猛はそれに苛立ちを覚え、持っていた銃の柄で、凪の後頭部を殴って弟を気絶させた。
 ぐったりと力を無くした凪を片手で愛しげに抱き抱え、猛はギラついた目で澤木田を見下ろし、口元を歪ませる。
 猛の瞳には、凪が他の男を庇った事に対する、強い嫉妬が込められていた。

 下ろされていた銃口が、再び澤木田に向けられる。
 樋口に対して謝罪の言葉を、心中に浮かべていた澤木田の耳に銃声が轟き、激しい衝撃がその身を襲う。
 激痛と熱を感じ、呻く澤木田の耳に、再度数発の銃声が響く。
 血塗れになって身体を跳ねるように痙攣させ、やがて白目を剥いて
 息絶えた澤木田を、猛は高笑いしながら執拗に、撃ち続けていた。



 薄暗く、周囲に人はおろか動物さえも近寄らない工場内で、
 樋口はサングラスの奥の暗い眼差しを下に転がっている榎本へと向けた。
 榎本の顔は樋口に何度も蹴られた所為で、原型を留めてはおらず、
 右足の骨は樋口に踏み折られ、異常な方向に曲がっている。

「それで…飼っていた犬を、どうしたって?」
 凪に見せていた優しさなど今は一欠片も無く、樋口は榎本の髪を掴み上げて顔を上げさせ、低い声で囁く。
 榎本の周りに立っている二人の男は、出る幕など無いと云った様子で緊迫した表情を浮かべ、樋口の動きを見守っていた。
 海藤は榎本の傍に膝を付き、ICレコーダーを手にして無表情で榎本を見据えている。
「だ、だから…犬を、津川に放って、殺っちまったんだよ…桜羅の三代目に、俺が、なる為に…」
「オヤジが、アンタじゃなくて俺を跡目に指名するつもりだって情報は…誰から聞いた、」
「し、下っ端の人間が噂してて…」
 弱々しく答える榎本を目にし、樋口が眉を寄せる。
 掴み上げていた髪を離してゆっくりと立ち上がり、一度自分の前髪を気だるそうに掻き上げた。
 冷ややかに相手を見下ろすと、榎本の手を靴の底で強く踏み付け、近くに居た男へと声を掛ける。
「おい、コイツの指、落とせ」
 残忍で冷酷な樋口を目にすると、榎本はおろか部下達さえも青褪め、畏怖によって震えてしまう。
 震えた手で懐から匕首を取り出した男は、直ぐに樋口の足元に跪いた。
 踏み付けられ、押さえ込まれている榎本の手へと匕首の刃を近付け、小指に押し当てる。

「本当だっ、下っ端の人間が、噂していたんだッ」
 喚く榎本をチラリと見遣り、男が匕首の背を手で、体重を掛けて押さえつけた。
 榎本の小指が、血飛沫と共に飛ぶ。
 呻く榎本を冷たく見下ろしながら、樋口は取り出した煙草を口に咥え、自ら火を点けた。
 深く煙を吐いた後、樋口は冷めた視線を下へ向ける。
「で?…誰から聞いた、」
 同じ質問をされ、榎本は弱々しくかぶりを振り、猛からの情報である事を、隠そうとし続ける。
 落とされた指の激痛に顔を歪めながら、榎本は口を開いた。
「し…下っ端の人間が…」
「次、右の指落とせ、」
 平然と惨い言葉を放ち、樋口に命じられた男は再度榎本の右の小指へと、匕首の刃を押し当てた。
「た、猛だっ!水嶋猛…ッ、あ、あいつ…盗聴してやがったんだっ」
 悲鳴を上げた榎本が、事実を暴露したのを聞き、男は指を落とそうとするのを止める。

「……絵図は、てめぇと猛だけで描いたのか、」
「そ、そうだ。俺と…猛だけだ…もう、もう許してくれ…っ」
 情けなく震えた声で懇願して来る榎本の手から樋口は足を退け、紫煙を深く吐き捨てる。

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