鳥籠…21

「た、猛の居所は掴んで有ります。鷹之江に五日程前から、マンションを買ったようで…恐らく、其処かと…」
 猛の居場所を突き止めて置きながら、海藤はその事を樋口には云わずにいた。
 云わなければ猛は捕まらず、樋口が心から想いを寄せている凪は、ずっと樋口の傍に居られると考えていたからだ。
 樋口はそんな海藤の心情を察したのか、猛の居所を知って置きながらも自分に云わなかった事には、触れ無かった。
「そいつ、埋めろ」
 部下の二人に榎本の後始末を命じ、直ぐに樋口は走り出した。

 常に余裕と威厳を保ち続けていた樋口が走り出した様を、驚いたように見送っている
 部下二人へと、樋口の後を追いながら海藤が振り向き様に声を掛ける。
「桜羅の木場舎弟頭の所に、それ持って行けッ」
 ICレコーダーを指して云い、部下の二人組が返事をするのも聞かずに、海藤は樋口の後を急いで追う。
 外に停車してあったレクサスES300へ樋口が乗り込むと同時に、海藤も助手席へ乗り込んだ。
「猛は、かなり道具を所持していますから、組長一人では、危険です」
「……黙っていろ」
 樋口の怒りを何とか押さえ込んでいるような声色が聞こえ、海藤は隣の樋口へと視線を向ける。
 直ぐに車は発進し、速度は停まる事を許さないかのように上がってゆく。
 樋口は形相凄まじく、近くに居るだけでも肌を焼くような、そんな黒々しい雰囲気が感じられた。

「猛の野郎……ナメた真似、しやがるじゃねぇか…!!」
 アクセルを踏み付けてスピードを上げ、獰猛な獣のように、樋口が吠えた。








 髪を梳くように撫でられ、そのくすぐったさに、凪は眠りから覚めようとしていた。
 ぼんやりとした意識の中で、自分の頭を撫でている相手は、樋口なのかと一瞬考える。
 けれど意識が覚めるにつれて、その手は樋口のものではないと確信した。
 樋口の手はもっと優しく、まるで壊れ物を扱うかのような、丁寧なものだ。
「…だれ?」
 目をうっすらと開けながら問うと、間近で自分を見下ろしていた男が、愉しそうに笑った。
 上体には何も纏っていない男はジーンズだけを履き、樋口と比べると
 大分細身だが、引き締まった男らしい体躯をしている。
「寝起きが悪いのは、相変わらずみたいだね…おはよう、凪」
「兄さん…、」
 その場に居るのが当然であるかのように、相手はにこやかな笑みを浮かべていた。
 凪は何度か瞬きを繰り返し、一度目を擦ると、急に後頭部に走った痛みに眉根を寄せる。

「痛むかい?凪、いきなり転んで頭打って、気絶しちゃうんだもんな…驚いたよ、」
 ベッドの上で寝ている凪へ覆い被さったまま、上から凪を見ていた男は、笑いながら言葉を吐く。
 自分が何故気絶したのか覚えていない凪は、素直に男の言葉を信じた。
「そ、そうなんだ…ごめんなさい、」
「…凪は昔っから、俺に謝ってばかりだね」
 それは優しいこの兄に、嫌われたくはないからだと、凪は考えていた。
 しかし、考えていてもそれを言葉には出さず、黙り込んでしまう。
 視線を猛から逸らすものの、目を覚ましてから何よりも、ずっと気掛かりだった人の名を、口にした。

「さ…澤木田さんは…?」
 此処が何処か、兄が何故居るのか…そんな事よりも、重傷を負った澤木田の身が気掛かりだった。
 澤木田の名を耳にし、一瞬冷めた目をした猛だったが、柔らかい微笑みは決して崩さず。
「あの後、直ぐに樋口の組員が駆け付けて来て…病院に連れて行ったみたいだよ」
 自分が止めを刺した事は云わず、凪を安心させる言葉を吐く。
 案の定、凪は心底安堵したように一息吐き、猛に礼の言葉を零した。
 猛は少しの罪悪感も感じる事無く、むしろ凪に礼を云われた事に胸を熱くさせ、口を開く。

「少し休んだら準備をして、二人で出掛けようか」
「出掛けるって…何処へ?そう云えば、どうして兄さんが…?
父さんは、父さんは一緒じゃないの?僕を…どうして、置いて行ったの、」

 凪の質問責めに猛は愉しそうに笑った後、急に凪の首筋へと顔を埋める。
 驚いたように肩を小さく跳ねさせた凪だったが、相手が兄だからか、派手な抵抗はしない。
「これから国外に行って、そこでずっと二人で暮らすんだ。…金なら、幾らか有る。
親父の借金も返したし、もう何も縛られる事なんて無い」
「に、兄さん…くすぐったい…」
 首元で猛が言葉を発する度、掛かる息の感触に、凪は軽く身を捩った。
 だが猛は離れようとはせず、片手で凪のシャツの釦を二つ外し、露わになった鎖骨へと唇を落とした。

 /