鳥籠…22
「に…兄さん?」
「凪だけを置いて行った理由は…凪を危険な目に遭わせたく無かったからかな。
あの場に置いて行った方が、逃げ回るよりかは安全だ。樋口が、先ず一番に凪を保護するだろうと考えたから…」
「え、ど…どう云う意味?」
猛の肩を何とか押し戻そうとしながら、凪は震えた声で尋ねる。
「金持ち逃げした後、俺何度か家に戻ろうとしたんだけど…家の周り、樋口組の奴らが常に張ってただろう?
近付けなくてさ…遠目から凪や親父が無事か確かめてたんだけど。
その度に、樋口に連れ出される凪を見てたよ。あいつ、凪を自分の弟みたいに思っているようだね」
―――――弟みたいに思っている。
その言葉に、凪の胸が痛み、樋口に想いを告げようとしていた決心が揺らいだ。
傷付いたような表情を浮かべている凪を見て、猛は怪訝そうに眉根を寄せる。
樋口が凪の事を弟としてではなく、自分と同じ意味で好いているのは最近知ったが、
凪が樋口を想っている事は、猛は未だ知らない。
「それと、俺が今、凪の目の前に居るのはね……樋口の手から、救い出してあげたからだよ。
もう無理して、樋口の傍に居る事は無いんだ、」
微笑みながらそう告げた兄の言葉が、凪にはあまりにも苦痛に感じられた。
樋口の傍からは決して離れたくは無く、あの鳥籠のような部屋ですら居心地好く感じていたのに……
もう、樋口の元に戻る事は出来無いのかと考え、樋口が自分を連れ戻そうとする事など
絶対に有り得ないと考えている凪は、泣きたくなった。
「凪?凪、どうしたんだい?」
喜びの言葉が返って来るとばかり思っていた猛は、不思議そうに顔を上げた。
だが、悲痛な表情を浮かべ、悲しみに打ちひしがれているような凪を目にし、猛は驚いて少しだけ身体を離す。
殴った後頭部が痛むのかと思った瞬間、凪の唇から樋口の名が零れた。
それは静寂な室内では良く聞こえ、猛は目を見開く。
「凪…何か勘違いしてるようだけど、樋口は外道で、冷酷で、人をゴミとしか思わない奴なんだよ?」
「ひ、樋口さんは、そんな人じゃ…だって僕には、いつも…優しかった…」
自分の言葉に、必死で否定する凪を見て、猛は妙な胸騒ぎを感じる。
まさか凪は、樋口の事を好いているのかと考え、猛は速まる動悸が抑えられずに居た。
そんな馬鹿な事は、有り得る筈が無いと。
凪は樋口の傍に居る事を何よりも嫌がり、凪を監禁した樋口を恨んで憎み、
兄である自分の元に戻るのを何よりも待ち焦がれていた筈だ…と。
歪んだ思考まで抱き続けていた猛は、強い憤りで唇を微かに震わせていた。
「兄さん…僕、樋口さんにどうしても伝えたい事が有るんだ。…お願い、僕を樋口さんの元に、帰して…」
哀しそうに懇願して来る凪の姿を目にし、猛は自分の悪い予感が、的中した事を思い知る。
歯を噛み、今直ぐにでもこの弟を裸にして抑え付け、犯してやりたいと考えた。
だが、直ぐに別の考えを抱き、微笑みを浮かべて口を開く。
「凪、最後の質問に、答えていなかったね。親父は一緒じゃないのかってヤツ…」
猛の囁きにも似た声は、あまりにも冷たく、凪は身体を小さく震わせた。
恐る恐ると云った様子で頷く凪を、見下ろしている猛の表情は、もう微笑みを浮かべてはおらず。
無表情で凪を見下ろしながら、猛は真実を、純粋なこの弟に思い知らせてやろうと考えていた。
樋口を好きになったのは、単なる気の迷いだろう。
一人取り残され、淋しい想いをしていた時に樋口に少し優しくされたから、純粋なこの弟は、気が迷っただけなんだ。
だったら、自分が凪の目を覚まさせ、樋口は本来なら憎むべき相手だと云う事を、教え込んでやろう。
「凪、親父は…………樋口に殺されたよ、」
感情の籠もらない声で事実を告げた猛は、愕然としている凪を満足そうに見下ろしていた。
これでもう、樋口の事など嫌いになり、むしろ憎んだだろうと考えた猛は、凪のシャツの釦を片手で外し始めた。
「…な、何…、」
ベッドの上で服を脱がされる事に抵抗を感じているのか、凪は震えた声で言葉を紡ぎ、猛を見上げる。
ただでさえ、父親が殺されたと云う言葉に混乱していると云うのに、
猛の不可解な行動が、更に凪を恐慌状態に陥れた。
「大丈夫、痛い事はしないよ。初めてだろ?すっごく気持ち好くしてやるから、」
「な、何を云っているの…?」
樋口に抱かれていた為、何となく猛のしようとしている事が予想出来る。
だが、まさか兄である猛がそんな事をする筈は無いと考え、凪は逃げるように身を捩った。
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