鳥籠…23
「凪…逃げるなよ、痛い事はしないって云っているだろう?恐がらなくて、いいんだよ」
「ま、待って兄さん…何を、何をする気なの?」
「何だ、凪も分かる年頃になったのか。凪が予想している通りの事だよ。つまり…セックス、」
止めようとする様子も無く、笑いながら猛は答え、凪のシャツの前を開けてゆく。
猛の行為に小さな悲鳴を漏らし、凪は嫌がるようにかぶりを振った。
「待って、ま…待って兄さん!う、嘘でしょう?だって僕ら、兄弟だよ、お…男同士なんだよ?」
必死で説得しながら、凪は相手の肩を押し戻そうともがいた。
だが、凪よりも体躯の良い猛が、非力な凪の腕でどうにかなる筈も無く。
「いいね、その科白。魅惑的だ…」
舌なめずりし、目を細めながら低い声で囁き、露わになった凪の肌へと指を滑らす。
嫌悪感に小さな悲鳴を漏らし、慌てて凪は猛の腕を掴んだ。
「兄さんッ、冷静になってよ…ッ!」
「…邪魔な手だな、」
うんざりしたように溜め息を吐き、手慣れたように凪の両手を一纏めにし、片手でシーツの上に抑え付ける。
両手を抑え付けられると、凪は青褪め、逃げようと足をばたつかせた。
凪の足が暴れ、猛の身体を蹴ろうとし、猛は苛立ったように舌打ちを零す。
「手間が掛かるなぁ…まあ、可愛くて良いけどね。」
片手で無理に凪の両足を左右に大きく開き、猛は自分の身体を
足の間へと滑り込ませ、凪が足を閉じられないようにする。
「に…兄さん…、」
青褪めた凪が身体を震わせ、絶望的な声を上げた。
猛が本気だと理解し、逃げ場も無いと実感してしまった凪の頭の中に、樋口の姿が浮かぶ。
もう出会う事の無い、樋口の姿を思い浮かべ、凪は堪えきれずに涙を零した。
ベッドの上で凪が泣いているのを目にした猛は、罪悪感も苛立ちも感じず、満足そうに微笑む。
「長い間、ずっとこの瞬間を待っていたんだ……愛しているよ、凪」
凪の素肌へと唇を寄せながら、猛が甘い声で囁く。
だが凪は身を捩り、諦めずに逃げようともがき続けた。
「凪、愛している、愛してるよ…」
甘い声で同じ言葉を繰り返すが、片手で凪を抑え付ける力は決して緩めず、
凪の胸元へと顔を寄せ、躊躇いもせずに乳頭へと舌を這わせた。
「いっ、嫌だッ!ひ…ぐちさ、樋口さんッ」
凪が助けを呼ぶように樋口の名を叫んだ瞬間、バシッと、肌を叩くような高い音が室内に響く。
そして、それは一度では止まらず。
猛は何度か凪の頬を躾でもするかのように叩き、忌々しげに歯を噛み、凪の両手を抑え付けるのを止めた。
「どうして分からないんだ?あいつは憎むべき相手で、お前が愛する相手は、俺の筈だ。……二度と樋口の名を呼ぶなよ、」
叩かれた頬を抑え、怯えた瞳で猛を見ていた凪は悔しげに下唇を噛む。
だが、猛が再び自分の身体に触れようと動いた瞬間、凪は糸が切れたように叫んだ。
「嫌だッ、さ…触るなっ!僕が、僕が好きなのは……ひ、樋口さんだ、兄さんじゃないっ」
泣きながら取り乱したように言葉を放ち、凪は諦めずに抵抗を続ける。
自由になった両手で猛の身体を何度も殴り、樋口の名を何度も呼び続けた。
しかし、その抵抗は猛が凪の首へ指を回し、その指に力を込めた事によって、止められる。
「いつからそんなに我儘になったんだ?……お兄ちゃんの云う事は、ちゃんと聞けよ」
体重を掛けるようにして凪の首を絞めながら、猛は低い声で囁いた。
窒息感に耐えられず、凪は目を見開いて、猛の手を何度も引っ掻くが、やがてその抵抗は徐々に薄れてゆく。
昔から自分には優しく、首を絞める事はおろか手を上げた事すら、絶対に無かったのに…。
優しかった筈の兄の豹変ぶりを悲しく思いながら、凪は樋口の事を想った。
樋口に想いを伝えられないまま死ぬのかと考え、意識が薄れそうになった瞬間、猛の手は急に離れる。
ようやく苦しみから解放され、荒い呼吸を繰り返しながら何度か咳き込んでいる凪を、猛は暗い目で見下ろしていた。
「凪、そんなに樋口が気になるなら…始末しようか、」
「…え?」
息を切らしながら訊き返すが、猛の歪んだ笑みを目にし、凪の背筋に寒気が走る。
凪の脳裏に、澤木田を刺し、足へ何度も銃弾を放った兄の姿が、浮かんだ。
ベッドサイドテーブルへと手を伸ばし、その上に有った小銃を手にした猛は、凪を見下ろして口元を歪ませた。
惜しむ様子も無く凪の上から離れ、ベッドから降りると、床に放置していた上着を掴み、出かける準備をし始める。
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