鳥籠…24

 上体を起こした凪は、ベッドサイドテーブルの上に置かれてある、
 拳銃や肥後守、サバイバルナイフを目にして目を見開く。
 良く見れば、床には小銃が転がり、壁にはライフルがいくつか掛けられている。

「じゃあ、ちょっと出かけて来るから…大人しくしているんだよ。鍵は掛けて行くからね、」
「兄さ…うそ、だよね?」
 震えた声で尋ねる凪を見て、男は何も返さずに笑った。
 冷笑のようなその笑みが、嘘では無く、本気で樋口を殺すと語っていた。
 床の上に転がっていた短機関銃を拾い上げた後に、猛はゆっくりとした足取りで、出入り口の扉へと近付いてゆく。
 樋口があの鳥籠のような部屋から出て行く前に、自分が感じた嫌な予感は、当たっていた。
 離れてゆく猛の背中と、後ろ腰に差された小銃を目にし、凪の身体が震える。

 ―――――樋口さんが、殺されてしまう。

 鼓動が速まり、息が詰まる。
 床の上に放置されている銃へ視線を走らせるが、凪は銃の扱いなど知らない。

 ……自分は何も出来無い。
 けれど、樋口を死なせない為なら、何でもする。
 好きな人の為に、唯一、自分が出来る事………

「兄さんッ!!」
 ベッドから飛び降り、傍に有ったナイフを掴み、凪が叫ぶように猛を呼ぶ。
 走り、体当たりをするように、凪は振り返った猛の横腹へと、ナイフの刃を沈めた。

 ―――――人を刺した。それも、自分の兄をだ。
 ナイフを持つ手が震え、凪の目から涙が零れる。
 弱々しい声で何度も謝罪を繰り返しながらも、刃を抜く事はせず。

「凪…おまえ…」
「ごめ、なさ…兄さん、僕…僕は…樋口さんが…」
 泣きじゃくり、震える手を猛の返り血で染め、それでも凪は決して
 ナイフを抜く事はせずに、何度も謝罪の言葉を漏らしていた。
 激痛に呻きながら猛は怒りに任せて凪の顔を小銃の柄で殴り、よろめく凪の身体を、更に足で蹴り付ける。
 床に倒れ込んだ凪を暴怒の眼差しで見下ろし、腹に深く刺さったナイフを、歯を食いしばりながら抜いた。
 血が迸り、床が汚れてゆくのを目にした猛は、怒りに任せて小銃の銃口を凪へ向ける。

「凪ィ…ッ!!」
 目を血走らせた猛が叫び、銃口が火を吐いた。

 轟く銃声が、数発続く。
 激しい衝撃と、身の焼けるような熱さや痛みが、凪の身体に走った。

 ―――――撃たれた。
 そう自覚し、血の染みが広がってゆくシャツを見下ろす。
 恐ろしいぐらいに鮮血が服を汚し、痛みに呻いた凪は唇を動かし、愛しい人の名を呼ぶ。

 父親が殺されたと聞かされても、自分は、樋口を嫌いになれない。
 その上、樋口を失いたくないが為に、兄まで刺した。

 …………きっと、地獄逝きだ。
 そう考え、心中で父や兄に謝罪を繰り返し、出来るなら最期にもう一度
 樋口に会いたいと、彼の姿を思い浮かべ、凪は瞼を閉じた。

 途切れ掛けた意識の中、凪は遠くの方で破壊音と、
 自分の名を呼ぶ想い人の声を、聞いた。



 玄関扉を蹴り壊し、猛の居る部屋へと駆け込んだ樋口は、目にした光景に目を見開いた。
 硝子ドアが開け放されているバルコニーの、石張りタイルの上に、凪が横たわっている。
 部屋の床には、バルコニーまで引き摺られたような血の跡がこびり付き、
 その血が凪のものであると察した樋口は、悪鬼の形相で猛をねめ付けた。
 海藤が樋口の背後で、懐から小銃を取り出そうとしたが、手は止まったまま動かず。
 バルコニーの手摺りに腰掛けている猛が銃口を、血を流してぐったりと横たわっている足元の凪へ、向けているからだ。

「…とんだ邪魔が入った。兄貴、此処まで追いかけて来るなんて驚きだ。…しつこい男は嫌われるっすよ、」
 片手で刺された腹部を抑えながら、猛が強がりにも似た言葉を吐く。
 凪に刺されたヶ所の激痛は、時間が経つ程に強まり、汗が肌を伝っていた。
 その上、樋口の形相に身体は震え、息が詰まるような威圧感に、猛は苦々しげに笑う。

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