溺れる小鳥…07
すると阿久津は、慌てたように視線を逸らし、下っ端の男も逃げるように部屋を出て行った。
――――猛が負傷した理由を聞き出す為に、凪様を脅した事が知られてしまった。
内心、溜め息を吐きながら、海藤は困り果てたように目頭を指で抑える。
凪が猛を刺したのでは無いかと薄々感ずいてはいるものの、
直接的には訊こうとしない樋口の為に、自分が凪を脅して無理に聞き出したのだが……
その所為で、自分は後で樋口の手によって痛め付けられる羽目になるだろうと、海藤は考えていた。
樋口には云わないと約束を交わしていたにも関わらず、最初から海藤は、
龍桜会の幹事長の元から樋口が戻って来たら話すつもりだった。
自分は凪にではなく、樋口に仕えているのだから、それは当然の事だと海藤は考える。
だが樋口の為を思ってした事が結局は裏目に出てしまい、
有能な自分らしくない己の姿に、海藤は再度、心中で大きな溜め息を吐いた。
鳥籠のような部屋へ連れられた凪は、急にベッドの上へ押し倒され、躊躇いの表情を浮かべていた。
凪の上へと覆い被さり、片手でネクタイを緩めながら、樋口は薄く笑う。
「電話をいきなり切られるとは、思っても居ませんでした、」
「あ、あれは…その、ご…ごめんなさい、」
ずっと後悔していた為か、凪は素直に謝罪の言葉を漏らす。
素直な凪の態度を前にして目を眇め、樋口は指先でそっと、凪の少し腫れた瞼をなぞった。
「泣かせて、しまいましたね……すみません、」
申し訳無さそうに謝罪する樋口を見て、凪は慌ててかぶりを振る。
勝手に泣いた自分が悪いと思っている為、樋口を責める事はしない。
「こ、これは…あの、違くて」
「違う?…なら、勝手に腫れたと云うんですか、」
揶揄するようにクスクスと笑い、凪の瞼へと唇を寄せる。
樋口のそんな行動一つで、速まる動悸が抑えられず、凪はいささか困ったような表情を浮かべていた。
「ひ、樋口さん…ど、どうして?今日は、戻って来ない筈じゃ…」
「電話越しで泣かれてしまっては、飛んで帰らない訳には行きませんから、」
それだけの理由で戻って来てくれたのだと知り、凪は申し訳ない反面、想われている事に胸を熱くさせる。
だが樋口は、珍しく困り果てているように、軽い溜め息を漏らした。
樋口が溜め息を吐くなど、今まであまり耳にした事の無い凪は、不思議そうに相手を見上げる。
「泣くほど淋しがってくれるなんて、思いも寄りませんでした。……凪君に、傍に居て欲しいと泣きながら云って頂けて…
その上、いきなり電話まで切られたものですから、堪らなくなりましてね。」
情けない男でしょう?と、苦笑を浮かべながら告げる樋口の言葉に、凪は小さくかぶりを振る。
樋口の堪らない、と云う言葉がどんな意味を含んでいるのか……
それを十分過ぎる程分かっている凪は、少し恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、唇を開く。
「で、でも…どうして?電話を切るのは、悪い子なのに…」
それがどうして堪らなくなるのか、理解出来ない凪は心底不思議がっていた。
樋口は、いい子で素直で、大人しい人が好みなのでは無かったのかと、凪は考える。
「……ナギだから、可愛くてたまらねぇんだろうが。…分かれよ、」
顔を近付け、凪の耳元で唸るような低い声で囁き、軽く耳朶を咬む。
そんな行為だけで、凪の身体には、ゾクゾクとした興奮の寒気が走る。
無意識の内に、樋口の首にしがみ付き、凪は身体を小さく震わせた。
そんな凪に対して強まりそうな情欲を抑え、頭を優しく撫でてやりながら、樋口は真面目な口調で凪の名を呼ぶ。
「凪君、さっきの発言、本当ですか?」
さっきの発言とは何か考えていた凪は、猛を刺したと云う事実が頭に浮かび、弱々しくかぶりを振った。
その事実だけは、何としても隠し通さなければならない。
あれは海藤の冗談だと必死に嘘を吐こうとするが、唐突に樋口は凪の顎を掴んで固定し、サングラスの奥の目を細めた。
「凪君、隠すのなら…どうなっても知りませんよ、」
普段は凪に甘く優しい樋口だったが、今は雰囲気も態度も柔らかくなく。
凪は怯えるように身体を震わせ、まるで獲物を前にした、獰猛な獣のような樋口を見上げていた。
樋口は軽く舌なめずりし、徐に凪のシャツの釦へと手を掛ける。
「え、樋口さん…?」
普段なら、する時は断りを入れた上でする筈の樋口が急に服を脱がし始めた為、凪は焦ったように相手を呼んだ。
しかしそんな凪には構わず、樋口は慣れたように釦を片手で外し、前を開く。
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