溺れる小鳥…08
白い肌が露わになったのを目にしながら、片手で凪の両手を一纏めにして抑え付け、微笑んだ。
「こう云う風に、猛に組み伏せられたんですか?」
掛けられた言葉に、凪が驚きで目を見開く。
「ど…どうして、」
震えた声で尋ねる凪を見下ろしながら、樋口は笑い出したくなった。
――――――――俺が気付いていないとでも思ったのか。
猛に組み伏せられた事を、樋口が既に気付いている事など知らないままで……
その事実を決して知られまいと、必死で隠し通そうとし続けた凪の姿を思い浮かべ、樋口は口元が緩みそうになるのを抑える。
凪らしいと云えば凪らしいし、そこが樋口にとって愛しく想える部分なのだが……
今回は、それが弱みになって海藤に付け込まれていた。
凪の事だから、他の男に組み伏せられたとは言い難かったのだろうと、樋口は考える。
普段は、凪が隠し事を抱えていても無理に聞き出そうとはあまりせず、
きちんと心の準備をした凪が、自ら打ち明けるまで樋口は待ち続ける。
凪は他人より少し内気な面が強く、言いたい事を口にする時は、人一倍勇気が必要になるのだ。
その為、無理に聞き出す事が凪にとっては苦痛なだけだと悟った樋口は、
猛に組み伏せられていた件も、自分から話すまで待つつもりだった。
だが、海藤がその事で凪を脅していたと分かった今では、状況が変わる。
此処でハッキリと事実を白状させれば、調子に乗った海藤に、もう脅される事も無くなるだろう。
海藤には後できっちり、オトシマエを付けさせてやろうと考えながら、樋口は口を開いた。
「猛に組み伏せられて……それから、どんな事をされたんですか、」
外したネクタイを片手に、囁くように尋ね、凪の両手をネクタイで縛り始める。
そんな事をされるのが初めての凪は、ただ驚きに満ちた顔で樋口を見上げるだけだった。
「な…なんで、樋口さんが知ってるの、それに…どうして、こんな事…」
「凪君、少し誤解しておられるようですが……俺は凪君が思っている程、鈍くは有りませんよ、」
「えっ」
意外そうに驚きの声を上げる凪を見下ろし、樋口は笑いながら素肌へと指を這わす。
「俺を、優しいだけの鈍い男だと思っていたんですか?……心外だ、」
「ぁ…ッ」
揶揄するように笑いながら凪の乳頭を摘むと、小さな声が響いた。
凪は顔を赤らめ、欲情の色が見え始めているのに、まだ少しだけ躊躇いの表情を浮かべている。
「凪君、俺はこんな風に凪君の自由を奪って愉しむような、そんな人間ですよ」
耳元で囁き、軽く息を吹き掛けると、凪の体はビクリと震えた。
「これでは、猛と同じですね」
「違…っ」
樋口の自嘲的な発言に、凪は慌てて否定し、必死にかぶりを振る。
どうしてそんな事を云うのかと、悲しむような視線が樋口へ向けられた。
「違う、違うよ…樋口さんは…、僕…兄さんは嫌だったけれど、樋口さんは嫌じゃないもの。兄さんとは全然違う、」
必死で言葉を放つ凪の姿を目にした樋口は、ゆっくりとサングラスを外し、顔を近付けて啄ばむような軽いキスをする。
「嬉しい事を云ってくれますね。……俺の本性を素直に教えたんですから、今度は凪君の番ですよ」
「え、な…何の話?」
理解出来ないと云ったように尋ねて来る凪の唇を、一度甘く咬み、乳頭を少し強く抓る。
痛みではなく、身体中に走る強い疼きに、思わず凪は小さな悲鳴を漏らした。
「猛に、何をされたのか…教えて頂かないと、」
「んん…ぅ、…な、何も、されて…ないよ」
乳頭を摘み、指先で転がすように刺激すると、凪は悩ましげに眉根を寄せながら答える。
だがそんな言葉では納得出来無いと云ったように樋口は目を眇め、片手で凪の顎を掴む。
「きちんと説明して頂かないと、俺は勝手に誤解してしまいますよ?」
半ば脅すような言葉を吐くと、凪は瞳に涙を滲ませ、身体を小さく震わせる。
「だ、だって…本当に、何もされてなくて…」
「何もされていなくて、あんなにシーツが乱れるんですか?」
直球な樋口の言葉に、凪は返す言葉を見失う。
暫し呆然と樋口を見上げていた凪だったが、気まずそうに視線を逸らし、やがて唇をうっすらと開く。
「ゆ、指……で、身体、なぞられて…」
「こう、ですか…?」
凪の乳頭から手を離し、樋口は壊れ物を扱うかのように慎重に、ゆっくりと相手の肌へ指を滑らす。
たったそれだけの感触で凪は微かに反応し、自分でも気付かぬ内に
物欲しそうな表情を浮かべて、樋口を見上げてしまう。
そんな凪の表情に劣情を激しく煽られた樋口だったが、何とか平静を保ち続け、無表情で凪を見下ろしていた。
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