溺れる小鳥…13
それに安心しつつ、暫く躊躇っていた凪だったが、うっすらと唇を開く。
「ひ…樋口さんは、僕、僕に……しないの?」
震えた声で告げてから、快感を期待しているような、はしたない人間だと
樋口に思われ、呆れられたらどうしようかと凪は無性に不安になる。
だが樋口は、その不安を理解したかのように押し付けていた額を離し、凪の頬に手を添えた。
「完全に傷が治ったら…思う存分、凪君を頂きますよ」
「で、でも…もう、もう痛くないのに…」
泣きそうな表情を浮かべ、凪は必死になって言葉を紡ぐ。
すると、樋口は指を凪の脇腹へと滑らせ、猛に撃たれた傷痕をそっとなぞり上げた。
「傷、確かに塞がったみてぇだが…無理をさせたく無いんです。分かって下さい、」
余裕が有るように告げる樋口を前にし、凪は首を振る。
そんな態度を取られると、凪の不安は更に強まってしまう。
樋口が傷の心配をしてくれているのだと云う事は、分かるのだが……
阿久津が云っていた、樋口が熱愛中と云う言葉がずっと心に根を張っている為に、凪は別の考えを抱いてしまう。
自分と繋がらないのは、熱愛中な相手が他に居るからでは無いのかと。
「…や、やっぱり…他に…す…好きな人…居るんだ、」
「はっ?」
驚きに満ちた樋口の声が聞こえるが、凪は悲しそうに目を伏せ、下唇を噛んだ。
「ナギ、ちょっと待て、お前…何云ってやがる、」
無骨な指を凪の顎へ近付け、おとがいを押して口を開かせ、
下唇を噛むのを止めさせながら少し戸惑ったような口調で言葉を放つ。
すると凪は、塞きが切れたように涙を零し、何度か首を横に振る。
本当に辛い時でなければ、普段はあまり泣かないと云うのに。
一体、何がどうなっているのかと、阿久津が何を云ったのか知らない樋口は、訳が分からない。
「凪君…なぁ、ナギ。一体、何がどうなってるって云うんです?説明して頂かないと、誤解の解きようが有りません」
何故そんな誤解をしているのかは理解出来ないが、泣いている凪を
あやすように抱き寄せ、背中を緩やかに撫でてやる。
泣いた事を決して咎めたりしない樋口の優しさに、少し落ち着きを取り戻した凪は、
小さくしゃくり上げながら樋口の胸に顔を付けた。
「樋口さんは、幹事長さんって人と、盃を交わすのが珍しいから、熱愛中だって…」
全く意味が伝わらない話し方だが、樋口は難無く理解し、背中を撫でていた手がピタリと止まった。
自分が珍しい盃を交わす相手など、一人しか居ない上、幹事長と云えば何処の者か聞かずとも、理解出来る。
そして、そんな事を凪に漏らした相手と云えば、阿久津しか居ないとまで考えていた。
「凪君、それは…つまり、妬いているんですか、」
直球的な樋口の言葉に、凪は図星を指され、動揺する。
今までずっと、樋口は鈍い人だと思っていた凪にとって、今日の樋口は別人のように感じられた。
「や、妬いてなんか…」
必死で否定し始めた凪の耳が赤みを帯びて来たのを目にし、きっと顔も
真っ赤になっている事だろうと考えた樋口は、喜びでどうにかなってしまいそうになる。
あの内気な凪が兄である猛を、樋口の為に刺したと云う事実を知っただけで、樋口は狂喜しそうだと云うのに。
その上、嫉妬などしそうに無い凪が、龍桜会の幹事長との関係を誤解して
妬いていると知り、樋口は自分を抑えられそうになく――――。
「全く…人が折角、欲求不満を抑えて、耐えていると云うのに…
泣く程淋しがり、電話は切り、猛を刺した理由が俺の為だと云い……その上、嫉妬だと?」
普段より低めの声で囁かれ、まるでその声が気を悪くしているように聞こえた凪は、
樋口を不快にさせてしまったのかと焦り始めた。
恐る恐る顔を上げようとしたのよりも早く、樋口が凪の顎を掴み上げ、苛立ったように舌打ちを零す。
「ナギ、たまらねぇよ。狂っちまいそうだ…」
「ぇ…っんぅ、んッ」
唇を急に塞がれ、驚く間もないままに舌を差し入れられ、凪は樋口の服を握った。
唐突なキスですら拒否せずに受け入れる凪を眺めながら、より深く唇を合わせ、上顎を何度も舐めてやる。
「はぁ、は…ん、ん…」
舌を絡められ、強く吸われると、凪は何も考えられなくなる。
口腔へ流し込まれる唾液を飲みながら、凪は夢中でしがみついた。
樋口はじっくりと口腔を探りながらも、ヘッドボードの小引き出しへと手を伸ばし、
中からジェルの入った白い容器を取り出す。
「凪君…」
「ぁっ、あ…ぁっ」
蓋を開けて手に滴らせ、ジェルを絡めた指が、ゆっくりと凪の蕾へ埋め込まれてゆく。
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